
JR宝殿駅北側にあります、德悦鍼灸治療院、院長の中井です。
2022年5月22日、私の父であり、鍼灸治療の師匠でもある、中井幸三が他界いたしました。
急な事で、まだ心の整理も、父が他界した現実も、なかなか受けとめる事の出来ない時間が過ぎていますが、前を向いて進むしかなく、また、これまで父の治療を頼りにしておられた患者様も数多くおられますので、ここでご報告させていただきます。
父は、昭和28年10月1日生まれの68歳でした。
順天堂大学体育学部を卒業後は、教師の道に進む予定でしたが、陸上競技生活中に足を痛めた際、鍼灸治療を受けて劇的な回復を経験した事から、鍼灸治療家の道に進む決意をしたそうです。
両親の反対を、先輩方や恩師の先生と共に説得し、鍼灸の世界に入った話を聞いた事があります。
内科医院での臨床経験を積む傍ら、鍼灸治療家としての経験も積み重ね、昭和57年8月7日、JR明石駅前に『鍼灸治療所 淳心』を開業。今年で40年目を迎えるところでした。
これと決めたら突き進んで、とことん納得するまで追求する姿や、良いものは良い、ダメな事はダメ、周りに流されず、ぶれない生き方は、なかなか真似する事が出来ない父の生き様だったように思います。
時には豪快で、ざっくばらんで、とにかく知識が豊富で、話してて面白い父ではありましたが、とても気配り、目配り、思いやりのある人でした。
今から20年程前に、父が体調を崩し、数ヶ月間入院した事がありました。父に連絡をしても連絡がつかず、母から、父が急きょ入院した事を聞かされ、『このままお父さんがいなくなってしまったら、悲しむ患者さんが沢山いると思う。本当に貴重な人だから、まだまだ生きてほしい‥』その時の母の言葉で、私自身も鍼灸治療家の道へ進む決意をし、今に至ります。
体調を崩しても、仕事を優先し、なかなか病院には行かず、薬も飲まず、自分の身体は自分で治療し、幾度となく復活をする父でした。
しかし、そんな父も、今回ばかりは、さすがに疲れたようで、帰らねままとなりました。
亡くなる前日の21日土曜日、診療所で患者様の施術をし、診療を終えてから帰宅する父を迎えに行っていた母が、待合室で、父が元気に施術する声を聞いたのが、最後となりました。
なんとも、中井幸三らしい治療家人生の幕引きです。
今頃、また違う世界で、沢山の患者さんを目の前にして、父らしい姿で、鍼灸治療をしているんだろうと思います‥。。
今後につきましては、只今、いろいろと整理中ですので、決まり次第、ご報告させていただきますが、私、中井 寛が、少しでも父の想いを引き継いでいきます。
しばらくは、JR宝殿駅北側の『德悦鍼灸治療院』での診療を主にしますが、週に何度かは、JR明石駅前の『鍼灸治療所 淳心』で、診療していく予定です。
父の患者様で、このブログを見たり、お知り合いの方から聞かれた方、また、今後の治療に関することなど、お悩みの方は、私の方までお気軽にご連絡下さい。
德悦鍼灸治療院 院長 中井 寛
目次
『鍼灸治療所 淳心』はこれからも生き続けます。

父の診療所を掃除している時に、引き出しから出て来た写真です。
勉強会での写真と同じところに挟まれていたので、おそらくどなたかが撮影して下さったんだと思います。
なんとも、父らしい笑顔。。
今でも、どこか近くに居て、私達の姿を見ながら、あーだ、こーだ、、と言ってそうでなりません。。
父なら、この症状を、どうやって治療したんだろう‥
どう言う言葉をかけたんだろう‥
そう思いながら、これからも、あわただしい毎日を生きて行くんだと思います。
さぁ、これから1日、1日が、父を追いかける日々の始まりです。
くじけずに、前を向いて進んで行こうと思います。
